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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)12235号 判決 2000年2月22日

原告

株式会社キンキ

右代表者代表取締役

【A】

右訴訟代理人弁護士

奥村孝

石丸鐵太郎

堺充廣

右石丸鐵太郎訴訟復代理人弁護士

森有美

右補佐人弁理士

【B】

被告

日本スピンドル製造株式会社

右代表者代表取締役

【C】

右訴訟代理人弁護士

露木脩二

右補佐人弁理士

【D】

【E】

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、別紙イ号物件目録記載のシュレッダー用切断刃及びこの切断刃を使用したシュレッダーを製造し、販売し、又は販売のための展示等の申出をしてはならない。

二  被告は、前項記載のシュレッダー用切断刃及びこの切断刃を使用したシュレッダーの完成品及び半製品を廃棄せよ。

第二事案の概要

一  争いがない事実等

1  当事者

(一) 原告は、機械の設計、販売、これに付帯する据付工事等を目的とする株式会社である。

(二) 被告は、産業廃棄物、一般廃棄物の破砕装置の製造及び販売を目的とする会社である。

2  原告の権利

(一) 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」という。)を有している。

特許番号 第二八一三五七二号

発明の名称 シュレッダー用切断刃

登録日 平成一〇年八月七日

出願 平成三年六月一四日(特願平八ー一〇四八八八号)

なお本件発明は、平成三年六月一四日実用新案登録出願(実願平三ー四四八六六号)から平成七年四月一〇日分割出願したもの(実願平七ー三〇五四号)を、平成八年四月二五日出願変更(特願平八ー一〇四八八八号)したものである。

特許請求の範囲本件特許権の特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は、本判決添付の特許公報(以下「本件公報」という。)の該当欄記載のとおりである(以下同特許請求の範囲欄記載の特許発明を「本件発明」という。)。

(二) 本件発明の構成要件は、次のとおり分説される(なお番号は、本件明細書の発明の詳細な説明及び図面に従い付したもの)。

A シュレッダーのケーシング4に軸支された軸1にスペーサ11を挟んで切断刃10を装着し、この切断刃10を該軸に嵌着される取付台部分14とこれを取り囲む刃先部分13とで分割形成し、しかもこの刃先部分13を周方向に分割して複数個の刃先片13aで形成し、各刃先片を該取付台に接離可能に構成すると共に、該刃先部分で該取付台の外周が表面に露出しないよう囲繞したシュレッダーにおいて、

B 前記取付台14の外周に各刃先片に噛合する段状歯部14aを突出形成したことを特徴とするシュレッダー用切断刃

2  被告の行為

被告は、業として、別紙イ号物件目録記載のシュレッダー用切断刃(商品名「ブロックカッター」。以下「イ号切断刃」という。)及びイ号切断刃を用いたシュレッダー(二軸剪断式破砕機、商品名「VEGA」。以下「イ号シュレッダー」といい、イ号切断刃と併せて「イ号各物件」という。)を製造、販売し、平成八年一〇月にインテックス大阪で開催された廃棄物処理展及び平成九年五月に東京国際見本市有明会場で開催された廃棄物処理展で、それぞれイ号各物件を販売のために展示した。被告は、現在もその製造、販売及び販売のための申出行為を行っている。

3  本件発明の構成要件とイ号切断刃の構成を対比すると、少なくとも表現上次の相違点がある。

(一) 本件発明の構成要件Aにおいては、「切断刃を軸に嵌着される取付台部分とこれを取り囲む刃先部分で分割形成し」ているのに対して、イ号切断刃の構成aにおいては、「軸に取付台を一体に形成し」ている(軸に嵌着される取付台部分を有していない)点(以下「相違点①」という。)。

(二) 本件発明の構成要件Aにおいては、「軸にスペーサを挟んで切断刃を装着し」ているのに対して、イ号切断刃の構成aにおいては、「取付台に保護カバーを挟んで切断刃を装着し」ている点(以下「相違点②」という。)。

(三) 本件発明の構成要件Bにおいては、「(切断刃の構成部分である)取付台の外周に各刃先片に噛合する段状歯部を突出形成し」ているのに対して、イ号切断刃の構成bにおいては、「(軸に一体に形成した)取付台の外周に各刃先片に噛合する段状歯部を突出形成し」ている点(以下「相違点③」という。)。(弁論の全趣旨)

二  本件は、原告が、イ号各物件は本件発明の技術的範囲に属するとして、本件特許権に基づき、被告に対し、それらの製造、販売、販売のための展示等の申出の差止めを請求するとともに、イ号各物件の完成品及び半完成品の廃棄を求める事案である。

三  主要な争点

1  イ号各物件は、本件発明の構成要件を充足するか。

2  イ号各物件は、均等論により本件発明の技術的範囲に属するか。

3  イ号各物件は、不完全利用論により本件発明の技術的範囲に属するか。

4  本件特許権が無効とされるべきものであり、原告の請求には理由がないといえるか。

第三当事者の主張

一  争点1(イ号各物件は、本件発明の構成要件を充足するか。)について

1  相違点①③(本件発明では軸に取付台部分を嵌着しているのに対し、イ号切断刃では軸と取付台を一体形成している点)について

【被告の主張】

(一) 特許発明の技術的範囲は、原則として特許請求の範囲の記載のみによって確定されるべきところ、本件発明の特許請求の範囲には、切断刃の軸に対する固定態様として、「嵌着」という文言が使われており、それは「嵌めて部材を取り付けること」を意味するものとして、その記載のみによって一義的に確定できる。したがって、イ号各物件は、「嵌着」との要件を充足しない。

(二) また、相違点①③により、イ号各物件は、本件発明によっては奏し得ない格別の作用効果を奏する。

(1) 本件発明では、切断刃の軸への固定状態が安定しないことが予想されるのに対し、イ号切断刃は、切断刃を軸に対して安定して固定することができる。

(2) 本件発明では、切断刃を構成する取付台部分及び刃先部分並びにスペーサの軸方向の位置が、隣接するこれら各部材の幅方向の寸法によって、相互に影響し合うことになる(たとえば、ある一つの部材に幅方向の寸法誤差があれば、その寸法誤差が、その部材の軸に対する装着位置のみならず、他のすべての部材の軸に対する装着位置に影響を及ぼすことになる。)ため、これら各部材の幅方向の寸法精度を著しく高める必要がある。

これに対し、イ号切断刃は、軸に一体形成した取付台に切断刃を装着するため、軸に対する切断刃の装着位置が絶対位置として一義的に決まり、切断刃及び保護カバーの軸方向の位置が、隣接するこれら各部材の幅方向の寸法によって、相互に影響し合うことがない(たとえば、ある一つの部材に幅方向の寸法誤差があっても、その寸法誤差の影響は当該部材に止まり、他の部材の軸に対する装着位置に影響を及ぼすことがない。)ため、これら各部材の幅方向の寸法精度を高める必要がなく、切断刃の各部材の軸方向の位置調整を簡単に行うことができる。

(3) (2)の結果、特に、この切断刃を用いてシュレッダーを組み立てる際に、本件発明では、シュレッダーのケーシングに平行に対向して軸支する二本の切断刃の各部材の軸方向の位置調整に、多大な手数を要することになるのに対し、イ号切断刃では、軸の寸法精度さえ確保しておけば、この位置調整を簡単に行うことができる。

なお、イ号切断刃の刃先片の幅は、取付台の幅と略等しく形成されているので、刃先片より取付台の幅が狭いとする原告の主張は誤りである。

【原告の主張】

(一) 本件発明の本質的特徴は、切断刃と取付台を接離可能に構成したシュレッダーにおいて、取付台の外周に各刃先片に噛合する如く段状歯部を突出形成したことにより、この段状歯部により軸回転力を刃先部分に確実に伝達でき、かつ、破砕切断時に刃先片から伝わってくる反力をこの段状歯部を介して取付台で確実に支持することができることにある。

したがって、「切断刃を軸に嵌着される取付台部分とこれを取り囲む刃先部分で分割形成」(構成要件A)という表現は、取付台と刃先片が分割されていない一体物の切断刃を備えたシュレッダーとの差異を浮き彫りにするために採択された表現にすぎない。

「嵌着」の通常の意味が被告主張のとおりであるとしても、本件発明の特許請求の範囲の別の箇所には「切断刃を装着し」とも記載があること、本件発明の本質的特徴が前記のとおりであることに照らせば、本件の特許請求の範囲にいう「嵌着」とは、取付台を軸に着けるというほどの意味に解すべきところ、「嵌(装)着」であろうと、「一体形成」であろうと、軸に取付台が「着」けてあることには変わりなく、両者に差異はない。

また、軸に取付台部分を嵌着するか、軸と取付台を一体形成するかは、当業者であれば日常的に行う構造、形状の選択肢の範囲内であり、両者は単なる設計変更程度のものにすぎず、実質的な差異はない。

(二) イ号切断刃が、相違点①③により、本件発明によっては奏し得ない格別の作用効果を奏するということはない。

(1) 被告は、イ号切断刃が、相違点①③により、切断刃を軸に安定的に固定できるという本件発明によっては奏し得ない格別の作用効果を奏すると主張する。しかし、本件発明の本質的特徴は(一)記載のとおりであり、これは、取付台が軸に固定されていることを当然の前提としている。切断刃の軸に対する固定態様は、本件特許の本質ではないことから、特にその固定方法について特許請求の範囲に必須の要件として規定していないだけである。

(2) 被告は、イ号切断刃が、相違点①③により、隣接する部材の幅方向の寸法精度を高める必要がなく、切断刃の各部材の軸方向の位置調整を簡単に行うことができるという本件発明によっては奏し得ない格別の作用効果を奏するとも主張する。

しかし、イ号切断刃においても、一つの部材に幅方向の寸法誤差があれば、他の刃先片にも順次影響を与えることは同様である。取付台と刃先片を分離した本件発明及びイ号切断刃においては、刃先片より取付台の幅が狭い分だけ取付台の加工誤差が許されるので、取付台部分そのものの幅の精度はさほど要求されず、スペーサと刃先片の幅方向の精度が要求されるのである。この点でも両者に差異はない。

2  相違点②(本件発明がスペーサを挟んで切断刃を装着しているのに対して、イ号切断刃は保護カバーを挟んで切断刃を装着している点)について

【被告の主張】

本件発明のスペーサは、軸に嵌着される取付台部分とこれを取り囲む刃先部分とで分割形成した切断刃を、幅方向の位置がずれないように固定するための部材であって、このような機能を有さないイ号切断刃の保護カバーは、本件発明のスペーサとは異質のものである。

イ号切断刃において、切断刃(刃先片)と保護カバーとの間には、コンマ数ミリメートル程度の隙間が形成されており、保護カバーは、刃先片の幅方向の位置がずれないような固定機能を有する余地はない。

【原告の主張】

(一) スペーサと称するか、保護カバーと称するかは、同一構成を異なる技術用語で表現したにすぎず、単なる用語の相違であって、構成上の差異でない。

(二) 被告は、スペーサを切断刃を幅方向の位置がずれないように固定する部材である旨主張するが、本件発明の特許請求の範囲の記載及び本件発明の本質的特徴(前記1(一))に照らして、スペーサをこのような限定で狭く解釈することは、不当である。

もっとも、イ号切断刃の保護カバーも、刃先片をきっちり挟むように設けられているので、当然に刃先片の幅方向の位置がずれないような固定機能を有している。

二  争点2(イ号各物件は、均等論により本件発明の技術的範囲に属するか。)について

【原告の主張】

1 仮に、相違点①③のために、本件発明とイ号切断刃とが、その構成を異にすると解しても、最高裁平成一〇年二月二四日判決(民集五二巻一号一一三頁)の判旨に照らして見れば、均等範囲の置換であって、イ号切断刃は、本件発明の技術的範囲に属するものである(均等論)。

2 右最高裁判決の示した均等要件との対比

(一) 特許発明と対象製品等の相違部分が特許発明の本質部分でないこと(均等要件①)

特許発明の本質的部分は、前記一1(一)のとおりであり、相違点①③は右部分に属しない。したがって、本件では、均等要件①を満たす。

(二) 置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏すること(置換可能性、均等要件②)

本件発明の取付台も、イ号切断刃の取付台も、軸の回転力を取付台を介して確実に刃先片に伝達することができるという作用効果が同一であるから、置換が可能と言うべきである。したがって、本件では、均等要件②を満たす。

(三) 置き換えることを、当業者が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたこと(置換容易性、均等要件③)

軸に刃体を削り出しによって一体形成したり、別個の部材として取り付けたりすることは、侵害時点において既に当業者の間で普通に行われていたことである。それは、「刃物」を主体ないし具備した機械の分野として同一又は類似の技術分野である金属切削加工工具の公知技術(甲11)からも明らかである。したがって、本件では、均等要件③を満たす。

(四) 対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたものでなく(均等要件④)、かつ、対象製品等が、特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情がないこと(均等要件⑤)の立証責任は、被告にある。

なお、被告が問題とする原告の本件特許権の無効審判請求事件における主張は、刃先部分と取付台部分を分割したことについての主張であって、取付台と軸を分割したことについての主張ではないから、「取付台を軸に一体に形成する」構成が意識的に除外されたものであるということはできないし、右部分は本件発明の進歩性を判断する場合の「発明の要旨」を認定するに当たっての主張であり、均等論における本質的部分とは関連性がない。

【被告の主張】

1 均等要件①について

原告は、特許発明を構成する特定部分が本質的部分であるか非本質的部分であるかの判断基準を、公知技術であるか否かに置いているようである。しかし、それを前提にして前記最高裁判決に従えば、本質的部分でないことが均等が適用される要件であるから、公知技術でない新規な構成からなる部分には均等を適用する余地がなくなり、均等を適用しようとする本来の目的が達せられない。むしろ、特許発明の全体構成との関係から本質的部分であるか否かを判断すべきである。

2 均等要件②について

原告の主張に従えば、およそ軸の回転力を刃先片に伝達する機能を有するものは、均等要件②を満たすことになるから、その主張は誤りである。イ号切断刃は、軸に取付台を一体に形成することにより、前記一1の【被告の主張)】(二)のとおり、本件発明によっては奏し得ない格別の作用効果を奏するものであり、均等要件②を満たさない。

3 均等要件③について

金属切削加工工具の公知技術(甲11)を全く異なる技術分野であるシュレッダーに適用することは容易とはいえず、均等要件③を満たさない。

4 均等要件④について

争点3に関する被告の主張のとおり、本件発明は、特許出願時の公知技術(乙4、5)から当業者が容易に推考できたものであるが、仮に、イ号切断刃の「軸に取付台を一体に形成」する構成が公知技術(甲11)と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたものである(すなわち均等要件③を満たす)とするならば、イ号切断刃自体が特許出願時における公知技術から容易に推考できたものになり、均等要件④を満たさない。

5 均等要件⑤について

原告は、本件特許権の無効審判請求事件において、「本件発明の構成A、Bも、一定の目的課題(周方向に分割した刃先片の取り替えを容易にしつつ、各刃先への軸回転力の確実な伝達及び各刃先片に作用する衝撃力の確実な支持)の下に有機的かつ一体不可分に結びついている一つのまとまりのある(一体性のある)技術的思想をなしているものである。……本件発明の構成Aと構成Bとは、もともと一体物であった刃先部分と取付台部分とを分割したことから、両者を構造的・作用的(軸回転力の確実な伝達と衝撃力の確実な支持)に結びつけるものが『段状歯部』であるから、構成Aと構成Bとは構造的・作用的にも牽連しており、従って、本件発明の進歩性を判断する際にも本件発明を全体として考察するのが相当である。」としている。

右主張は、イ号切断刃の「シュレッダーのケーシングに軸支される取付台に一体に形成」する技術的思想と相容れるものではないから、イ号切断刃の前記技術的思想(構成)は、特許請求の範囲から意識的に除外されたものに該当する。また、右主張に反して、本件訴訟(権利行使)において、本件発明の構成要件Aが本質的部分ではないと主張することは、信義則に反する。

したがって、イ号各物件は、均等要件⑤を満たさない。

三  争点3(イ号各物件は、不完全利用論により本件発明の技術的範囲に属するか。)について

【原告の主張】

1 第三者が、発明の作用効果を低下させる以外に何らの優れた作用効果を伴わないのに、専ら権利侵害を免れるためにことさら発明の構成要件から比較的重要性の低い事項を省略した技術を用いて当該発明の実施品に類似した物を製造するときは、右行為は、発明の構成要件にむしろ有害な事項を付加してその技術的思想を用いるものにほかならず、右類似品は当該発明の技術的範囲に属するというべである。

2 イ号各物件においては、本件発明の構成要件のうち重要性の低い要件である「取付台を軸に嵌着した」との構成要件を省略して、「軸に取付台を一体に形成」という事項を付加したものである。

そして、軸に取付台を一体に形成した場合には、①取付台の外形を含む余分な大径を持つ材料から精密加工機械を使って取付台を削り出す必要があり、本件発明と比較すると、材料面において大きな無駄を伴うほか、加工面においても手間とコストが余分にかかり、②取付台のボルト穴が一か所でも破損した場合には、取付台が形成された軸全体を取り替える必要が生じるのであって、右付加は、発明の作用効果を低下させる以外に優れた作用効果を持たない有害的事項といえる。

【被告の主張】

1 原告主張の不完全利用論は、いまだ定着した議論ではない。

2 また、イ号各物件においては、「軸に取付台を一体に形成」という構成を採用したことによって、前記一1の【被告の主張】(二)のとおりの優れた作用効果を奏するのであるから、不完全利用にも該当しない。

四  争点4(本件特許権が無効とされるべきものであり、原告の請求には理由がないといえるか。)について

【被告の主張】

本件特許権は、特許出願時の公知技術である乙4、5、8から容易に推考することができたものであり、無効とされるべきものである。無効とされるべき特許に基づく原告の主張に理由がないことは明らかである。

【原告の主張】

被告は、本件特許権の無効を主張するが、裁判所は特許発明の有効性について直接審理することはできないので、主張自体失当である。

また、本件発明の本質的特徴(前記一1の【原告の主張】(一))は、乙4、5、8から容易に推考できたものではない。

第四当裁判所の判断

一  争点1(イ号各物件は、本件発明の構成要件を充足するか。)について

1  相違点①について

(一) 本件発明では軸に取付台部分を嵌着している(構成要件A)のに対し、イ号切断刃では軸と取付台を一体形成している(構成a)点で相違していること(相違点①)は、当事者間に争いがない。この相違点①について、原告は、単なる表現の違い又は設計変更程度のものにすぎず、実質的な差異はない旨主張し、被告は、イ号切断刃が本件発明と構成を異にする相違点である旨主張している。

(二) 特許発明の技術的範囲は、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて確定しなければならず、その際、右明細書の特許請求の範囲以外の部分の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈すべきである(特許法七〇条一項、二項参照)。

本件明細書の特許請求の範囲には、発明における軸と取付台部分との関係について、「シュレッダーのケーシングに軸支された軸にスペーサを挟んで切断刃を装着し、この切断刃を該軸に嵌着される取付台部分とこれを取り囲む刃先部分とで分割形成し、」と記載されており、本件発明において、切断刃(取付台部分と刃先部分とで分割形成されている。)の取付台部分は、軸に「嵌着」されることをその構成としていることは明らかである。そして、「嵌着」とは、「嵌めて部材を取り付けること」を意味する技術用語であり(「特許技術用語集」日刊工業新聞社〔乙10〕)、その限りにおいて一義的に内容が確定できるものである。したがって、本件発明においては、軸と取付台部分は、それぞれ別部材であることが想定されていることも明らかである。そしてまた、本件公報の特許請求の範囲以外の部分の記載及び図面を通覧しても、「嵌着」を通常の意味と異なる用語として用いたことを窺わせる記載は見出せない。

原告は、この点、「嵌着」の通常の意味ではなく、本件発明の性質、目的、効果等を総合的に斟酌して解釈すべきであるとして、「嵌着」の意味を取付台を軸に着けるというほどの意味に解すべきであると主張するが、「嵌着」の技術用語としての意義を正解したものとはいえず、採用できない。

(三) イ号切断刃では、軸と取付台を一体形成していることは、当事者間で争いはない。イ号切断刃は、その軸と取付台を別部材として「嵌着」させたものではないから、本件発明の構成要件Aを充足していない。

2  したがって、その余の判断をするまでもなく、イ号各物件は、本件発明の構成要件を充足しない。

二  争点2(イ号各物件は、均等論により本件発明の技術的範囲に属するか。)について

1  特許権侵害訴訟において、特許請求の範囲に記載された構成中に、相手方が製造等をする製品又は用いる方法(以下「対象製品等」という。)と異なる部分が存する場合であっても、① 右部分が特許発明の本質部分ではなく(均等要件①)、② 右部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって(均等要件②)、③ 右のように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり(均等要件③)、④ 対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたものではなく(均等要件④)、かつ、⑤ 対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないとき(均等要件⑤)は、右対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(前掲最高裁平成一〇年二月二四日判決参照)。

2  イ号各物件の均等要件③の該当性について

本件発明における軸を取付台部分に嵌着させる構成を、イ号各物件における軸と取付台を一体形成する構成に置換することが、イ号各物件の製造開始時(遅くとも平成八年一〇月)において容易に想到することができたものであるといえるか否かについて検討する。

(一) いわゆる均等論が認められる根拠は、特許発明の実質的価値は第三者が特許請求の範囲に記載された構成からこれと実質的に同一なものとして容易に想到することのできる技術に及び、第三者はこれを予期すべきであるとの点に求められる(前掲最高裁判決参照)。ところで、ここで検討する容易想到性と類似した概念に、特許法二九条二項所定の、特許出願前の公知の発明に基づいて「容易に発明をすることができた」というもの(進歩性のない発明)があるが、そこでいう発明の容易性は、特許権という独占的権利を付与するための要件であることから、技術の自然的進歩の程度にとどまる発明を特許権の対象から除外し、技術の飛躍的な進歩をもたらす発明のみを特許権の対象とする趣旨として理解される。これに対し、均等要件としての容易想到性は、当業者たる第三者であれば、特許請求の範囲に記載された発明と実質的に同一なものとして特許権の実質的価値が及ぶものと当然に予期すべき範囲を画するための要件であるから、特許法二九条二項の場合とは異なり、当業者であれば誰もが、特許請求の範囲に明記されているのと同じように認識できる程度の容易さをいうものと解するのが相当である。

(二) ところで、原告は、甲11を根拠に容易想到性が認められると主張する。

(1) しかしまず、甲11は、財団法人日本規格協会発行の一九九二(平成四)年版のJISハンドブックのフライス用語及び歯切工具用語集であり、乙13は平成三年版の同種資料であるが、それらに示された各工具を見ると、①軸と切刃が別体に形成されているが、切刃は全体として一体に形成されているもの(フライス用語の2001、4101ないし4107、歯切工具用語の2301、2302、2304、2305、2604、2605)、②軸、軸に装着するベース(取付台に相当)及び切刃がそれぞれ別体に形成されているもの(フライス用語の2002、2004、歯切工具用語の2203ないし2206)、③軸及び切刃が全体として一体形成されたもの(フライス用語の2005、歯切工具用語の2303、2306)、④軸とそれに装着するベース(取付台)が一体形成され、ベースに装着する切刃が別体に形成されているもの(フライス用語の2003は明確でないがこのように見られなくもない。)が示されていることが認められる。

このように、甲11及び乙13においては、フライス及び歯切工具に関する多数の切刃の例が示される中で、イ号各物件のような④の類型は、わずかに一例を(しかも不明確に)見出すことができるにとどまる。

(2) また、甲11に示された「フライス用語」は、「主として金属切削用として一般に用いられるフライスの用語」等について規定するもので、「フライス」とは、「その外周面、端面又は側面に切れ刃を持ち、回転切削する工具で、主としてフライス盤に使用される」ものである。また、甲11及び乙13に示された「歯切工具用語」は、「主に金属切削用として一般に用いる歯切工具の呼び方」等について規定するもので、「歯切工具」とは、「歯車及びこれに類似の形状のもの…の歯溝を切削する工具」である。

これに対し、本件発明及びイ号各物件は、剪断作用により各種の固形処理物を連続的に粉砕するシュレッダー用の切断刃に関するものであって、同じ刃物を具備した機械である点はフライス盤と共通であるが、その用途、機能及び形態は大きく異なっている。国際特許分類(第六版・一九九五年一月一日発効)を見ても、本件発明がB02C(破砕又は粉砕一般、穀粒の粉砕)の技術分類に属するものである(甲2)であるのに対し、フライスはB23C(フライス削り)、歯切工具はB23F(歯車又はラックの製造)の技術分類に属するものと考えられる。

これらよりすれば、フライスや歯切工具についての公知技術の存在を、ただちにシュレッダーについての容易想到性の根拠として援用することはできないというべきである。

(3) また、甲3、乙4、5、6(乙6についてはその中の甲第4、5号証)によれば、シュレッダーのような破砕機の切断刃に関する考案又は発明は、少なくとも昭和三八年ころから行われているところ、右証拠に示された各技術においては、いずれもシュレッダーにおいて、軸と取付台(母台とも呼ばれる。)を別体に形成する前提で切断刃の開発が行われており、本件発明の出願後も併せて、イ号各物件以外に、軸と取付台を一体に形成し、切断刃のみを別体に形成した例を証拠上認めることができない。

そうすると、シュレッダーにおいて、イ号各物件のような構造を採ることが、周知技術であったと認めることもできない。

(4) 以上よりすれば、イ号各物件の製造開始時において、当業者が甲11及び乙13からイ号各物件の構造を想到することが容易であったと認めることはできず、他にこの点を認めるに足りる証拠はない。

(三) したがって、イ号各物件は、均等要件③を充足しないから、均等論の適用の余地はない。

三  争点3(イ号各物件は、不完全利用により本件発明の技術的範囲に属するか。)について

原告は、いわゆる不完全利用論の主張もする。しかし、前記認定判断によれば、イ号各物件は、「軸に嵌着される取付台部分」との構成を欠落させて、「軸に取付台を一体に形成」を付加したと捉えるのは相当ではなく、軸と取付台の構造を、別体として嵌着する構成から一体形成する構成に置換したものというべきであるから、原告の不完全利用論の主張も採用できない。

第五結論

以上のとおりであるから、その余の判断をするまでもなく、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小松一雄 裁判官 高松宏之 裁判官 水上周)

<以下省略>

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